自己弁温存基部置換術
自己弁を温存し、心臓本来の機能をできる限り保つための手術について解説します。
自己弁温存基部置換術とは
自己弁温存基部置換術とは、患者さん自身の大動脈弁を温存しながら、大動脈の基部(根元)の大動脈壁を人工血管に置き換える手術です。
心臓から大動脈が出る部分である「大動脈基部」は、大動脈弁が付着し、左右の冠状動脈が起始するという、複雑な解剖学的構造をしています。
この部位が大動脈瘤化した場合、従来は自己弁を切除し、人工弁を内蔵した人工血管でユニットごと置換する「ベントール手術」が標準術式とされてきました。
これに対し、カナダ・トロント大学のタイロン・デーヴィッド教授は
1990年代に、自己弁を温存し人工血管に縫合固定する「自己弁温存基部置換術(David
手術)」を開発しました。
30 年を経た現在では、長期成績の良さも実証されています。
私、阿部知伸は 1999 年から 3 年間、トロント大学トロント総合病院にて David
教授の直接指導のもと臨床修練を積みました。
日本国内でも、最も David
教授のオリジナルに近い形でこの手術を行っている外科医の一人だと自負しております。
ベントール手術も長期成績の良い術式ですが、自己弁温存術には人工弁を使用しないという大きな利点があります。
寿命の点では大きな差が出ないとする研究もありますが、ときに術後の患者さんの表情や言葉から、自己弁を残せたことの意味の大きさを実感することがあります。印象深いお二人の症例をご紹介します。
若年女性の症例(大動脈炎症候群)
20 代前半の女性で、大動脈炎症候群により大動脈基部が瘤化していました。
人工弁には機械弁と生体弁がありますが、機械弁では抗凝固薬の影響で妊娠・出産が困難となり、生体弁では10年ほどで再手術が必要となる可能性があり、再手術には生命の危険も伴います。
大動脈炎症候群では、炎症が大動脈弁に及んでいる場合、自己弁の温存は推奨されません。
そのため、実際に手術を行うまで温存可能かは不明でした。患者さんは再手術覚悟で生体弁を希望されていましたが、結果的に自己弁を温存することができ、大動脈弁逆流も改善しました。
術後、麻酔から覚醒された患者さんに「人工弁を使わずに治療できました」とお伝えした際の、安堵に満ちた表情は今でも忘れられません。
高齢透析患者の症例
もう一人は、つい先日手術を行った70代の慢性透析患者さんです。
透析患者さんに人工弁を使用する場合、機械弁では出血性合併症のリスクが高く、生体弁は腎不全の影響で劣化が非常に早いことが知られています。
この方には自己弁温存基部置換術を行い、術後に「ご自身の弁を残すことができました」とお伝えしたところ、「やったー!」と点滴の入った両手を挙げて喜ばれていました。
自己弁温存基部置換術は、患者さんの将来の生活の質を左右する可能性のある手術です。
これからも、より多くの患者さんにこの術式を届けられるよう、研鑽を重ねてまいります。